「生まれつきの素質」を心理学的にちゃんと分析してみた

美術の世界では昔から、人間には「生まれつきの素質」なるものがあって、それを持って生まれた人でないと絵の練習をしても上手にはならないとされてきました。

幸いここ最近は下火になりつつある考え方ですが、まだまだ信じてる人は初心者を中心に多いです。
とりわけ一度は絵を志していながら道半ばであきらめた人は、かたくなに信じて疑わない傾向があります。

まぁ、練習してないのになぜか描ける子って、実際いるんですよね。
本当はがんばって練習してたのを、粋がって「何もしてない」とうそぶく子も世の中的にかなりいますが、そうではなく本当に練習してなくてそこそこ描けちゃう(描けているように見える絵を描く)子はたしかにいます。
そういった「練習をしていないのになぜかできる」系の能力のことを、当コラムでは「チートスキル」と呼ぶことにします。

今回は、それらがどういう仕組みによるものなのかの話をしたいと思います。

1. 動体視力が低い体質

まずこれ。
動体視力とは、素早く動く物を的確に目で追いかける能力のことです。

一般に動体視力は高いに越したことはないと思われていますが、絵師の場合は実は必ずしもそうでもありません。
なぜなら、動体視力が高い人は、物を詳細に観察する能力に劣るというトレードオフが存在するからです。
(人間の目にはパソコンでいう「フレームレート」と同じ概念があって、1秒間の処理フレーム数を増やすなら、画質設定は「最高品質」から「速度優先」に落とさざるをえないというワケ)

健全な目の普通の人は、たとえば猫を「見て」から、それが「猫であると認識する」まで0.1~0.3秒ほどです。
それに対して動体視力が低い人は、そんなに素早く物を認識することができません。
猫を見てから「あ、猫だ」と思うまでの間に、1秒もしくはそれ以上の時間がかかります。
でも時間がかかることによって逆にゆとりが生まれ、見た物についてゆっくり考えることができるんです。

動体視力が低い人は観察力に余裕があるため、いわゆる「特徴をとらえる力」と呼ばれるスキルが高い傾向があります。
特徴をとらえる力は、実在の人物のデフォルメを描いたり、アニメキャラを自分流にアレンジしたりする際に必要な能力です。
「クラスメートの似顔絵がやけに巧い人」などは、このスキルを持っている可能性があります。

ただし動体視力が元から高くても、意識して観察力を鍛えること自体は可能です。(当たり前)
訓練の方法でよく言われるのは、「1つの被写体を最低30秒は見る」というものです。
模写のときは、2~3秒見たくらいで分かった気になっていきなり描きはじめてはいけません。
30秒くらいちゃんと見て、細部の特徴をとらえ、「面白いな」とか「きれいだな」「かっこいいな」などと感じてからから描きはじめることが大事です。

2. 空間把握能力

見たものを「平面」としてではなく、「立体」として頭の中で再現する力です。
この能力が高いと、ある程度複雑な被写体であっても、前から見ただけで横から見た絵を描くといったことができます。
当サイトでは「立体感覚」と呼んでいるもので、いわゆる「見えないところも描く能力」に影響する、非常に重要な要素です。

一般に空間把握能力は後天的には習得できないとされていますが、実際にはそんなことはありません。
プロ絵師の多くが現に後天的に習得しています。(というより、習得しないと写実画が描けません)
またその習得も、「立体物のデッサンをする」「パースの勉強をする」「アタリをちゃんと描く」「デッサン人形はちゃんと活用する」といった基本的な練習だけでできます。

ただし覚えるのにとにかく時間が必要で、場合によっては5年10年かかる人もいます。
なので焦らずじっくり訓練することが重要です。

3. シンボル化能力の欠損障害

こちらも動体視力の件と同じく観察力に関するチートスキルです。

シンボル化とは、「被写体の形を簡略化して覚えることで、高速に認識処理を行う」という能力のことで、人が生まれつき持っているものです。
初心者は「本物を見ながらそっくりに描いてください」と言われていても、なぜか簡略化した記号のような絵を描くという不思議なことをします。
これは、複雑な形の物であっても頭の中では簡略化して認識しているからです。

ですが中には、このシンボル化の能力が生まれつき低い人もいます。
そういう人は、たとえば「あのビルはどんな形ですか?」と聞かれても、巧く「四角」と答えることができません。
「何となく適当に形をとらえる」ということができないので、よく見て、念には念を入れて確認してようやく「デコボコした形」と答えるしかないのです。
そこまで極端なケースはさすがに少ないですが、物の形を把握するのにやけに時間のかかる人は、探すと実はけっこういます。

シンボル化能力欠損のチートスキルを持っている人は、生まれたときからずっと「詳細に観察する」クセがついているため、初めての模写でいきなりそこそこのものを仕上げたりします。
彼らの観察力には、ちょっと聞きかじった程度の初心者では絶対にかないません。
なので小中学生くらいの子だと、彼らのことをガチの本物の天才だと感じることもあるようです。
無論、実際にはそんなことはなく、要するに彼らは「観察力が鋭いだけ」です。

初心者時代は、とにかくていねいに描きさえすればいいので練習しなくても巧く描けるように見えますが、「美しい線を適切な位置に引く」「テーマに沿ってイメージを構図に落とす」となると話は全然別です。
何の努力もしなければ、やっぱり「ちょっと巧い初心者」でしかありません。
逆にもしあなたがこの能力を持っている気がするなら、このスキル単体でちゃんと描けるのは「デッサンまで」と考えるべきです。

4. 高い色彩感覚

普通の人よりも色彩感覚に優れ、より細かな輝度差・明度差を区別することができる人がいます。
一般には「人間の脳は小さな色差は判別できない」と思われがちですが、実際には脳は、意識的に認識できるものよりもはるかに小さな差をちゃんと識別しています。
ほとんどの人は「常識で考えて区別の必要なし」と判断し、その差を無視してしまうだけです。

色彩感覚の高い人は、この差を明確かつ意識的に捉えることができます。
ですから、適当に色を選んでギトギトの絵を描いてしまいがちな普通の初心者に対し、このチートスキルを持っている人は最初からそんなことしません。
もっとも適切な色をきちんと選択し、微妙な輝度・明度調整をすることができます。

この能力が高い人は「天才肌であり、他人には真似できない」と思われがちですが、実際にはもちろんそんなことはなく、色彩感覚は後天的な訓練で鍛えられます。
眼球内の視細胞の数で全てが決まってしまう、ということもありません。

訓練の方法はとても簡単で、「だいたい青ならみんな『青』でいいんだよ」などといういい加減な発想をやめるだけです。
青という色には、同じ青でも厳密には1190色(PCCS記法の場合)あり、かつその全てが美術的に異なる意味を持っています。
それを十把ひとからげに「青」と呼んでいたら、そりゃあ色彩感覚なんかいつまでたっても育つわけがないんです。

絵の具の色を混ぜるときも、いきなり1:1の比率で混ぜるのではなく、色味の変化を観察しながらごくわずかずつ調整します。
デジタルの場合は、パレット上で色をポイントしたあと、もっとも適した色になるまでH・S・V・R・G・Bのパラメーターを1ポイントずつ調節します。

5. 筋肉量の多い家系の生まれであること

直感的には指の筋肉量は後天的なものに感じられますが、現実には先天的な要素の影響を受けます。
生まれついて指の筋肉量が多い人は、一般に「手先の器用さ」と呼ばれる能力が伸びやすくなります。
厳密には、指先の繊細さを要求される作業を巧くこなせる可能性が高くなります。
握力が強ければ必然的に手先が器用なわけではありませんが、手先の器用さを鍛える訓練をするときは、あらかじめ握力を鍛えておいた方が有利です。

このチートスキルを持っている子の中には、特に「塗り」の分野ですさまじい仕上がりを見せ、人を圧倒的に魅了する絵を描く力を短期間で会得する子もいます。
スキル自体はほぼ最強で弱点と呼べるものはありません。

ただし、あくまで指先の筋肉の問題なので、普通に考えてあとから鍛えることができます。
たとえチートスキルとしては持っていなくても、「自分、不器用ですから」とかあきらめず積極的に鍛えていくことが大事です。
訓練方法としては、とにかく「ていねいに塗る」という意識を持つことが一番大事です。

(ちなみに筋肉が強いと筆圧が高くなると思っている人がいますが、これは間違いです。指の筋肉が足りないから、それを補うために力を入れてしまい、結果として筆圧が高くなるのです。筆圧の高い人の多くが、筆圧のコントロールを苦手とするのはそのためです)

6. 発想の助けとなる脳障害類

生まれつきの脳障害が絵を描くのに逆に役立ってしまうケースは 3. で紹介しましたが、他にもいくつか知られています。
有名なところではサヴァン症候群や完全記憶能力などがありますが、もっとライトな障害であっても、チートスキルになりえるものがあります。
たとえばアルペルガー症候群やパニック障害なんてのも、使いようでは絵を描く役に立つことがあります。

俺自身「何の前触れもなく突然混乱する」という脳障害があります。
卑下にも自慢にもならないごく軽いもので日常生活には何の不便もなく、病気と診断される可能性もほぼない軽いものですが、俺はこれをチートスキルとして利用しています。

原因は、脳内の記憶細胞が無尽蔵かつ無秩序に突然興奮する、みたいなことが起こっていると思われ、場にそぐわないランダムな記憶が次々に想起したりします。
で、俺はこの症状を逆に利用して、アイデアづくりに役立てているわけです。
(いわゆる「天使待ち」もしくは「アイデア降臨」といった能力を、発想法の訓練を特にしていないのにできる人は、俺と同じ障害を持っている可能性があります)

ただしこのチートスキルには大きな欠点があり、生かすためにはまず表現力の訓練を先にしないといけない、ということです。
基本的に人と違うことを発想しているだけなので、表現力が低いと人に理解されない表現しかできません。何の役にも立たないどころかコミュニケーションの邪魔にしかならないのです。
多くの人は、自分がこのチートスキルを持っていることに気づくまでに相当な時間を要すると思われるため、そうでない人はとにかく知識欲を高く持って、「人と違うことを考える」ことを日頃から意識することが対抗する手段です。

(逆にこの障害があるかもと自分で思う人は、表現力をとにかくガンガン鍛えましょう。俺と同じ匂いの人の中には、発想が人と違う上に表現力も乏しいために、普通の社会生活にすら支障をきたしている人がけっこう多いです。そういう人は、「相手はどうして分かってくれないんだろう。どう言えばいいだろう」と常に考えることも大事だし、「普通を理解する」努力も必要です)

7. 理解者のいる環境に生まれること

19世紀までは、いわゆる「絵の才能」というのは、実質的にこの「美術に理解のある家庭に生まれる」ことを示す言葉でした。

一般に多くの意識高い人達は、「才能を開花させるためにはやる気があれば十分」と思っていますが、これは違います。
やる気だけあっても、具体的に行動することができなければ才能は開花しません
ですから、「最初に何をすればいいか」が分からないと何もできないし、変に行動力があったがためにトンチンカンなことをしてしまう子(いわゆる質の悪い練習しかできない子)も多いです。

この「最初に何をすればいいか」のことを、俺は「ファーストステップ・キーワード」と呼んでいます。
分かりやすく言うと、幼稚園児・小学生が独学でやりたいと初めて思ったとき、ブラウザーの検索枠に最初に入力すべき言葉です。

世の中の多くの人は、(特にその道に造詣が深い人ほど)このファーストステップ・キーワードは誰でも自然に思いつくと考えがちです。
でもそれは「どんな練習をすればどんな効果があるか」を知っているからこそ分かることだったりします。
美術のファーストステップ・キーワードは「模写」であり、まずはプロから技を盗むのが最初の1歩なわけですが、模写をしたことがない人は「模写にはプロから技を盗めるという効果がある」ことを知りません。
ですから小学生なんかがこの言葉に自分で気づくことはありません。

大人は大人で「絵師を目指してるくせに模写という言葉すら知らない子がいる」なんてまさか思いもしませんし、「やる気があるなら自然に気づくだろう」と軽く考えてるケースも多いため、親切に教えてあげることは少ないのです。
ヤフー知恵袋でも、「プロを目指したいんですが、最初に何をすればいいんでしょうか」という質問に対し、「やる気がないならやらなくてもいいよ」と答えてしまう回答者は多いです。
彼らはやる気がないのではなく、やる気はあるけどファーストステップ・キーワードを知らないだけです。
で、右往左往と変なラクガキをしているうちに時間だけが過ぎてしまうケースが、実はけっこう多いんです。

ただし1つだけ安心していいのは、このブログを読んでいるあなたは、この項はもはや関係ないということです。
最初の1歩をとっくの昔に踏み出した人には、ファーストステップ・キーワードはもういりません。
ですから、芸術家の親を持った子に劣等感を抱く必要はもうないのです。
そんなこと考えてる暇があったら、1秒でも長く鉛筆を握っててください。その方がよっぽど有意義です。

8. 美術以外で培った知識

通常、絵とは関係ないところで培った知識を美術に応用することは、大人になれば自然にやることです。
でも子供は、これが意外と納得いかなかったりするんです。
だって、絵の練習以外のことをやって絵が上手になるわけですから、絵の練習だけを必死にやってきた人の中には「ずるい」と感じる人もいます。
自分は必死で絵のことだけがんばってきたのに、絵以外のことに夢中だった奴が自分より巧いのはイヤだ、という理屈です。

ただ残念ながら、美術以外の分野のことが絵の練習に役立ってしまうのは、世の中的に当たり前のことです。
ミリタリーマニアは銃を描くのが巧い。
オシャレ好きな人はファッションデザインが最初からそこそこできる。
書道のときに美しい線を引く人は、絵を描く際にも美しい線を引く。
どれも当然のことです。

意外と気づきづらいところでは、たとえばミュージックビデオやスポーツ観戦など人が動いているところを見るのが好きな人はカッコいいポーズを考えるのが巧く、そうでない人はオリジナルのポーズを考えようとした瞬間に固まる傾向があります。

もしこれらを当然だと思えない人がいたら、その人にはちょっと考えてもらいたいのは、そもそも「絵」とは、この世にあるものを描くということです。
描けるようになるためにはその描くべき対象に興味を持つしかないわけで、つまるところ美術は美術以外の何に興味があるかで、何が描けるかが決まるんです。
つまり描くこと以外の何にも興味がない人は、何も描けないわけです。

ようするに人間として何に興味を持つかは、絵師としての方向性そのものを決定づけることでもあるのです。


今回はかなり長いブログになってしまいましたが、いわゆる「天賦の才」と呼ばれるものが、意外と大したことないということに気づいていただけたのなら幸いです。

元オリンピック選手の為末大さんの言葉で、「アスリートとして成功するためには、アスリート向きの体で生まれたかどうかが99%」というものがあります。
身も蓋もないということで炎上しました。

ですがよくよく考えてみれば、アスリートを目指す人は、「アスリートを目指す自分」に対して何か感じるものがあったからこそアスリートを目指すわけです。
それはつまり、アスリートとしてのチートスキルが何かあったからこそ「アスリートを目指したい」と思ったということで、そういう体に生まれていない人はそもそもアスリートを目指そうとは思わないはずなのです。
だから為末大さんの言葉は身も蓋もない以前に、完全に余計なお世話の無駄な発言だったわけですね。

美術も一緒です。
絵師として自分に才能を感じていなければ、そもそも「絵師になりたい」なんて思うわけがありません。
自分に何かを感じたからこそ絵を描きたいと思ったはずなんです。

その「何か」が一体なんなのかは自分で探すしかありませんが、とはいえ最低1つはあるのはたしかです。
もしかすると、今回リストアップした以外のものかもしれませんし。

がんばれる人とそうでない人の差は、最終的には自分にあるはずの「何か」を信じられるかどうかの違いになってくるのかもしれません。

One thought on “「生まれつきの素質」を心理学的にちゃんと分析してみた

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