あなたが絵を描けない本当の理由

もしあなたがあまり絵を描いたことがない人で、かつこれから描けるようになりたいと思っているなら、「被写体が目の前にあって、かつ、はっきり見えてるはずなのに正しく模写できない」という怪現象に悩まされたことが最低1度は絶対あると思います。
比較的多くの人が、その原因を「自分には絵の才能がないせいだ」と勘違いして描くのを止めてしまうのですが、実際にはこの現象は絵師なら必ず引っかかるものです。
名前でいうと「シンボル化効果」と「立体感覚」と呼ぶものなのですが、世の中の大部分の人達が絵が描けないのは、これらが原因です。

中には、これらのトラップを比較的短時間で巧みに乗り越える子というのもやっぱりいて、そういう子に「絵なんてそっくり真似するだけじゃない。なに描いてんのぷぷ」とか笑われて落ち込む子もいるのですが、違います。
練習もしてないのに描ける方が異常なんです。
普通、絵というのは練習しないと描けるようにはなりません。

「シンボル化効果」と「立体感覚」は、それぞれ全く異なるものなので、練習もそれぞれ個別にやる必要があります。
ですから、一生懸命練習してようやく1つ乗り越えたらもう1つやってきた、みたいな感じでヤル気がモリモリ削ぎ落されます。
しかも初心者のうちにクリアしてしまわないと先へ進めないという、非常に厄介な存在でもあります。

今回は、これらが何なのかということを紹介したいと思います。
こういう現象があるんだってことを知ることで、最初のうちは絵が描けなくても当然であり、それは素質がないからということじゃないんだと分かってもらえればと思います。

1. シンボル化効果

まずシンボル化効果は、「見たものを簡略化して理解する」という脳の働きのことで、これは人間がもともと持っている機能です。
人間には見たものをそのまま覚えるのではなく、簡単な形に省略して理解しようとする習性があるため、「省略して理解したものは、描くときも省略して描いてしまう」という現象が起こります。

たとえば、もしあなたが絵の初心者であれば、「雲」を以下のように描くのではと思います。

でもよくよく考えてみたら、こんな取って付けたようなかわいい雲なんか見たことないですよね。
縁取りとかあるし。
少なくとも俺は見たことありません。
おそらくですが、地球64億年の歴史上、こんな形の雲が現れたことなんか1度もないと思います。

実際には雲は下記のようなぼんやりした形です。

ですが、絵が描けない人は、こんな自然な形の雲を描きません。
晴れた日に、紙とペンを渡しながら「あの雲を描いてください」とお願いして、実物の雲を見ながら描いてもらったとしても、必ず丸っこくてかわいらしい雲を描くでしょう。

なんでそんなことになるのかというと、人間の脳は、物の形を覚える際に「全ての物体は ○ △ □ の組み合わせで出来ている」と認識するように出来ているからです。
複雑な形のものは把握するだけでも時間がかかるので、省略して覚えることで、この世のさまざまなものを素早く識別しているわけですね。

だから雲も「○の組み合わせのような形」と認識してしまい、そのようにしか描けないのです。
同じように、「家」は □ の上に △ を重ねたもの、「ビル」は縦長の棒の中に □ がいっぱい並んだもの、「花」は ○ の中に楕円を放射状に並べたものです。

また、壁のシミの形が

     

という形になっているだけで心霊現象だとか騒ぐ人がいるのも同じ理由で、その騒いでいる人だって、目と口が点でできてる人なんか絶対見たことないはずなんですが、それでもやっぱり点が逆三角形に配置されていると「顔」だと思ってしまいます。
それが「シンボル化効果」です。

この能力は、原始時代、目の前の動物が危険な生き物なのかを素早く認識し、すぐさま逃げるのに役立ったと考えられます。
ですから、シンボル化効果の影響をあまり受けず、最初から模写が上手にできる人は、反面、動体視力が他の人よりも低いことになります。
中学生くらいまでは、男の子よりも女の子の方が絵に興味を持つ子が多いこともこれで説明でき、原始時代において狩りという危険行為を行うのは男の役目であったため、男の子の方がシンボル化能力が高い(=精密観察力が低い)のもまた必然的なことといえるわけです。

この能力は原始時代には命を守るのに役立ちましたが、絵師としては邪魔なだけなので、練習して被写体をシンボル化せずに正確に物を見るクセをつけなければいけません。
正確に見えなければ正確に描くことは絶対できないからです。

「見る」ことと基礎デッサンの関係の回で「線の長さと角度を正確に分析しましょう」という話を書きましたが、これも脳のシンボル化能力をキャンセルして正確に形を把握するための訓練です。

絵師の中に、「基礎練習なんていつまでやればいいの?」と悩む子がいますが、ようするに上記のようなことができるまでやればいいというわけです。
とにかくひたすら練習して、被写体をきれいに美しく描くスキルを手に入れましょう。

2. 立体感覚

さて、シンボル化効果を乗り越え、ていねいに描くことを覚えた絵師が次に覚えなければいけないのが「立体感覚」です。
似た言葉で「空間把握能力」というのもありますが、芸術家にとっては同じ意味の言葉です。
要は、被写体をどの方向から見た形でも的確に想像できるスキルですね。

たとえば以下のような人物がいます。

はーい問題。
この子のスカートの中を下からのぞいている人には、この女の子はどのように見えるでしょーか。

仮に下からは分かったとして、横は? 真上は? 右斜め上は?
また、頭に浮かべることはできたとして、実際に絵が描けますか?
初心者は通常、「なぜか頭に浮かんでこない」または「頭には何とか思い描けるが描けない」のどちらかの状態のはずです。

それらをすぐにラフ画にできるだけの想像力のことを「立体感覚」といいます。
こちらも、通常は訓練しなければ覚えられないものです。
(ま、これもたまーにいるんですけどね。訓練しなくても何となくできちゃう子。先天的に立体感覚のある子は、細密描画力とは逆で男の子に多いです。ただし、生きていくために有利な能力というわけでもないため、これが最初からある子は本当に少数派です)

具体的な練習方法としては、もちろん基本的にはとにかく絵を描きまくるしかないわけですが、この段階では、本当にさまざまなポーズを観察することが重要です。
ありきたりでよくあるカッコいいポーズだけでなく、プロの作品にもあまり見られないような珍妙なポーズの絵や写真をたくさん見て、「人間の各パーツを、どの方向から見たらどんなふうに見えるか」を覚えるのです。
美術学校のデッサンの授業では、「こんなひねくれたポーズを実務で描くことなんか一生ない」と思わせるような変なポーズのデッサンをしますが、これも体のパーツを効率的に色々な方向から見るためです。

美術学校に行ってない人は、絵を描く際にデジタルデッサン人形を参考にすることがおすすめです。
たとえばDesign Dollなんかは割と有名です。
このデジタルデッサン人形の効果というのはなかなかに馬鹿にできず、これを効果的に練習に取り入れた人とそうでない人とでは、最終的な実力がかなり違います。

昭和時代には、漫画家程度の絵師は立体感覚がそれほど完璧でないのが普通で、そうでないのは一流の美術家や絵の美しさをウリにしている絵師くらいのものでした。
そのため3次元化できない髪の毛を描いてしまう漫画家も大勢いたのですが、2000年頃から、十人並くらいの漫画家でも立体感覚にほぼ狂いがない人が急に増えました。
これは、デジタル技術の向上で、立体を見る訓練が容易になったためと考えられます。


とはいえ、最初のうちは「自分の脳にシンボル化能力というものがある」とか「立体感覚は生まれつき備わったものではない」といったことを認識することすら難しいかもしれません。

この2つの要素は、割とすぐに理解して乗り越えられる人もいれば、理解はできても乗り越えるのに時間がかかる人、理解そのものができない人や、極端な場合、そういった練習が必要だという事実自体がどうしても信じられないという人もいます。
(中には自分が下手くそだという事実を受け入れられない人もいますが……)

いずれにしても、練習を重ねていれば、あるとき突然「あ、そういうことなんだ」と理解できる日がきますので、それまではとにかく「ていねいに描く」ということを徹底すればいいのではと思います。

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