「表現力」の鍛え方

世の中には「自分には生まれついての素質がない」という謎の理由で絵をあきらめてしまう人がいます。
別に超能力の訓練をしてるわけじゃなし、多くの人には実際にできていることが俺にだけは無理とか絶対あるわけないんですけど、どんなに強く言っても生まれついての素質なるオカルト謎エネルギーの存在を信じて疑わない人は必ず一定数います。

まぁ、そう思わなきゃやってらんない気持ちは分からんでもないですが、とはいえ上級・超上級・またはプロを目指すなら、そんなものを信じるなど許されません。
むしろ信じた時点で人生終了だと思ってください。

一般に多くの人が素質の存在を感じてしまうのは、通常多くの場合は、同い年なのにやけに巧い子の絵や、超上級のプロの絵を見たときでしょう。
とんでもない色彩感覚、常人のものとは思えないデザイン力、まともな神経で思いつくとは思えない表現力を目の当たりにしたとき、自分に同じことができるとはとても思えないという感覚を覚えます。

でもそういうのって、ようするに「なぜそんなものが描けるのか分からない」というだけのことです。
同い年の子の絵を見たときには「同い年なのだから、絵に対する訓練量は同じくらいのはずだ」と思いがちですが、なわきゃねぇだろ、アホかよ。おまえそいつほどがんばってねぇだろとしか言いようがありません。
また、プロの絶対的な実力に圧倒されたときには、「どういう訓練をすれば描けるのか分からない以上、訓練方法など存在しないに違いない」と考えてしまいますが、それも絵の訓練方法の研究とかしたのかよ。にわかが勝手なこと言うなということになります。

ようするに単純な思考停止であり、少し考えれば分かることで、そして間違っているのです。
心の平穏を保つためにそう考えないといけなかったのかもしれませんが、間違いは間違いであり、事実は事実です。
自分がガチ勢である自覚があるなら事実は認めましょう。
自分が人より劣ってるのは、がんばりが足りないからです。

言うまでもなく、実際には訓練方法は存在するのです。
ただ多くのプロは、そういった訓練方法のようなものをとんでもなく苦労してようやく見つけているもので、具体的な方法論を安易には語りたがりません。
また、頭の中で体系立っていないことも多く、教えたくても教えられないのです。
(短期で集中して覚えたことは概念を整理しやすいので人に教えるのも簡単ですが、長い時間をかけて習得したスキルは頭の中でぐちゃぐちゃになっていることも多く、巧く言葉にできないことが多いです)

でも、訓練方法はたしかに存在する、ということだけは絶対に確実なのです。
というわけで今回は、中級者がぶつかりがちな素質の壁のうち、「表現力」に関する訓練方法をまとめてみたいと思います。

特に「同じものを描いているはずなのに、あいつの絵ばかりが人に注目される理由が分からない」と考えがちな人の半数は、表現力で劣っていることが原因です。
ぜひ参考にしてください。

1. 「表現力」とは何か

そもそも「表現力」とはどういう能力のことなのでしょうか。
つまり「表現とは何か」の定義の問題です。

中途半端な芸術家崩れなんかは、「絵を描けばそれは表現、つまり芸術家としての生きざまそのものが表現行為なのだ」とか言いそうですが違います。(きっぱり)
そんなこと本気で言ってたらそいつ間違いなくアホです。
いやだわ、早くすりつぶさないと。

表現とは、人間が誰かに何かを伝えたいと感じたとき、その感情に基づいて起こす行動のことをいいます。
絵師の場合は、誰かに何かを伝えたいと思って描いたイラストのことを「表現物」と呼びます。
そして、その行動の結果生まれた絵を相手が「美しい」と感じたとき、それは「芸術」と呼ばれます。
(中には、何かを伝えたいという気持ちが明確でない状態で描いている人もいるでしょうが、「人に見てほしい」と思った時点で「素敵だ(またはカッコいい、かわいい)と思ってほしい」という気持ちがあるはずです)

ですから、その何かを伝えられた相手が、表現者の意図を正しく受け取れなければ、それは表現物とは呼べません。
ただ「表現しようとして失敗した何か」でしかないのです。

(伝える相手のいない自己満足でも表現は表現だ、と思う人もいるかもしれません。
でもそれは一生アマチュアでいることを決めた人だけが思っていいことです。
特にプロの商業イラストレーターを目指すならその考えはダメで、「伝えたいことが正しく伝わらないのは自分が下手だからで、それ以外の理由はない」と考えることがとても重要になります)

こちらが描いた絵の意図を相手が正しく理解できたとき、それを「表現が巧くいった状態」といいます。
ですから、正しく伝わらなかったらそれはただの「失敗」です。
そういうふうに考えなければ訓練にならないのです

イラストの場合は、何の説明もしなくても相手が絵の内容を理解し、こちらの意図通りの感想を抱いてくれたら勝ちです。
カッコいいキャラを描いたつもりのものを見せた結果、「カッコいいね」と言ってもらえたら成功、「カッコ悪いね」「下手だね」だったら失敗、「かわいいね」だったらドローといったところでしょうか。
表現を成功させるためには、やみくもに何となく描いていてはダメで、分かってもらえるように描かないといけないわけです。

(ちなみに初心者の模写練習であれば、人に見せた結果「なんだこりゃ」と言われても仕方ありません。それは別に分かってもらうことを意図したものではなく、その手前の基礎練習だからです。でも「分かってもらいたい」と思って描いたものが分かってもらえなかったら、それは失敗です)

2. 表現力を鍛えるために何をすべきか

さて。具体的な方法論です。
表現力には3つのレベルがあり、そのレベルによってやることが変わってきます。

ただし、表現力レベルの低い人ほど、自分の能力を高く過大評価する傾向があります。
表現力というのは意図的に鍛えないと自然には伸びない能力で、生まれてこの方なんの訓練もしてない人は基本的にレベル0です。
意識して訓練した覚えがない人は「自分は大丈夫」と勝手に思い込んでいないか、一度思い直してみた方がいいでしょう。

レベル0. 表現力を鍛える必要性が理解できていない段階

つまり「俺に合わせろ」「俺を理解しろ」タイプの人です。
それから「話せば分かる」という信念がある人や、「雑談が続かない」「この人は俺を分かってくれない、と感じることが多い」人も含みます。
個人的な目算では、日本人全体の60~80%はここに該当するはずです。
 
この段階の人は、自分の表現が曲解・誤解されている可能性を疑わなかったり、会話の意図が通じなかったとき「自分ではなく相手のせいだ」と考える傾向があります。
最底辺のあたりになると、巧く伝わらなかったら殴っとけばいいみたいな人も実際います。
 
絵師は、「自分の表現を相手が理解できなかったら、それは全て自分の責任」と思わなければいけません。
自分の表現が相手に巧く伝わらなかったのは、表現力が足りなかったからです。
相手には何の非もありません。
 
たとえ実際には相手が悪かったのだとしても、「巧く伝わらなかったのは自分のせいだ」という心構えを常に持つことが、表現力訓練の第1歩です。
 
おすすめの練習方法としては、まずは「多分これでいいだろう」という甘い気持ちを捨てるところから始めるのがいいです。
そういう気持ちはクオリティにもろに影響を与えるため、自分で自分の絵を見て気づきやすいからです。
 
たとえば、この2つはほぼ同じ絵ですが、右の方が少し若く見えると思います。
Bの方がほほも少し引き締まっており、顔自体が少し小顔に見えます。

 
ですが実際には、2つの絵の違いは唇の厚みだけです。
他は完全に同一で、編集ミスによる違いが生じていないことも確認してあります。
 
このイラストは横幅5センチ半くらいの大きさに描いているので、唇の厚みの差は1ミリ弱ほど。
鉛筆の芯2本分くらいの違いしかありません。
 
にもかかわらず、それだけで人物の年齢まで変わってしまいました。
なぜならば、唇が変化したことによって、絵の「意味」が変わってしまったためです。
小さなミスをスルーするということは、こういう「意図しないブレ」を放置するということになります。
 
基礎練習であるとか、ていねいに描く心構えだとか、そういう基本的なことがどんなに大事かという話。
 
もちろん意図通りの線を完璧に引くのはそう簡単にできることではないので、そこは練習をがんばってもらうしかありません。
ですがもしあなたが、小さな違いを「ま、いいや」で済ませるタイプであれば、その心構えはすぐに直せるはずです。
それだけでもクオリティに天と地ほどの差が出ます。
 
(ちなみにイラストのあらゆる箇所をミリ単位の精度で仕上げなきゃいけないかというと、べつにそんなことはなく、絵は大事な部位ほど小さなミスが目立ちます。
大事でない箇所は多少いい加減でも問題なく、この女の子の場合だと実は後ろ髪が変にこんもりしてておかしいんですが、そこはそんなに気にならないと思います。このイラストでは後頭部は重要な個所ではないからです。逆に髪を見せたいイラストの場合、唇の違いはそんなに目立たなくなります)

 

レベル1. 表現手段の幅が狭い段階

表現したいと思い、その努力をしようと決心をしたとしても、そもそも表現手段を持っていなければ何もできません。
自動車を運転したいと思っても肝心の自動車がなければ運転できないし、食べ物がなければ食べるという行為はできません。
それと一緒で、なにかを表現をするには、表現手段を持っていなければいけません。
 
だからこそ初心者はテクニックを磨くのです。
初心者が必死で基礎練習を行うのは、指の筋肉を鍛えてより美しく描けるようになると同時に、表現の幅を増やすためでもあるわけです。
 
たとえば「かわいい女の子」が描きたいと思ったときに、画一的でテンプレートな顔しか描けない人よりも、多彩な顔が描ける人の方が表現の幅は広いといえます。
また全く同じ物を描く場合でも、大きな紙でも小さな紙でも同じように描く人よりも、大きく描くときはリアルに、小さいときは相応にデフォルメして描ける人の方が、より表現力が高いといえます。
 
この段階の人は、とにかく色んなものを見て、世の中のプロがどんな技を持っているのかを貪欲にかき集める必要があります。
またせっかく集めたテクニックは、知ったつもりにだけなるのではなく、本当に必要になる前に手になじませておくのも重要です。
 
ただし基本的には今までのように一生懸命練習すればいいだけで、レベル1の人がレベル2に上がるのは、レベル0の人が1になるよりも簡単です。
 

レベル2. 正しい方法を選択できない段階

使えるテクニックが増えて、いろんなことができるようになったばかりの人が意外と甘く見ているのが、「表現方法は正しく選択できなければ意味がない」ということです。
 
特に新しい表現方法(テクニック)を覚えたばかりの段階では、とにかくそのテクニックを使いたくて仕方なくて、意味はないけどつい使っちゃった、ということが往々にしてあると思います。
ですがそれをやってしまうと、「絵の意図」そのものが変わってしまうことも実は意外と多いのです。
 
たとえばテーマが「下町のノスタルジー」のときは、イラストは全体的に暗くしないと意味がありません。
明るくするにしても、それは必要に応じて必要な箇所を明るくするだけで、ラメをぶちまけたように全体をキラッキラにしたらノスタルジーを表現できません。
ですが「高反射・高輝度描写」は多くの人が憧れるテクニックであるため、特に習得に時間がかかった人ほど、嬉しくてつい使ってしまうかもしれません。
 
そういった例に限らず、「テーマは○○だったはずなのに、そのテーマにそぐわないテクニックを使ってしまっていた」ということは意外に多く、しかも完成してから人に指摘されるまで気づかないこともけっこうあります。
最初のうちはとにかくたくさん批評をもらって気づくしかないのですが、気をつけようという意識を持つだけでも違うと思います。


これを読んでいるあなたは、もしかすると今「大したこと書いてなかった」と感じているかもしれません。
実際、表現力に対するまとめは、
 ・テクニックをたくさん習得しろ
 ・テーマを大事にしろ
 ・ていねいに描け
の3つだけ。
どれもイラストスキルの基本ばかりです。

でもそれは当たり前のことで、表現とは、こちらが思っていることを相手に正しく伝えることであり、絵を描く理由そのものだからです。
自分の絵を美しいと思ってほしいなら、美しいと思ってもらえるように描くべきという、本当に当たり前のことを言っただけです。

ですが多くの人が、その基本でつまづきます。
初心者の大部分は、表現は「相手に努力させて理解させるもの」という意識があるからです。
日本はもともとそういう文化の国だってのもありますし。
でも、他の多くの人がそうだからといって、あなたが愚かなままでいなきゃいけない理由などどこにもありません。

見る人をハッとさせるような絵も、一目で情報を伝える優れたイラストも、すべては美術の基本を極めることでしかなしえないのです。

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