見る人に理解してもらために必要なSWTD

自分が描いたイラストを人に評価してもらいたいと思っている人のうち、比較的多くの人が初期の段階でぶつかる壁の1つに「自分が表現したい」ものを、「どうやって見る人に理解してもらうか」が分からないという問題があります。
初心者のレベルをクリアして、これから中級者、というくらいの段階で引っかかる子が多いです。

当たり前ですが初心者というものは自分が描きたいものを描きたいように好きに描いているのであって、それは初心者として当然の権利です。
ですがそれを「他人が見ても分かりやすいかどうか」となると話が全く別になります。
なので当然、「どう描けば分かってもらえるのか」というテクニックは頭の中に蓄積していかなければいけないわけですが、そのことに関して最近、心理学研究で新しい成果があったみたいです。

人間が、目の前の状況というものをどのように認識しているか、という研究で、それを応用すれば効率的な構図設計ができるそうだったので、さっそく方法論を考えてみました。

1. 人が絵を見るとき、何を見ているのか

参照元をうっかり紛失してしまったのですが、人間の脳が「状況」というものを理解する際には、以下の4点を注視していることが分かったのだそうです。

1. どんな状況で (Situation)

2. 誰が (Who)

3. 何に (To)

4. 何をした (Do)

つまり、絵面的にこの4つがはっきりしていると、見た人が素早く理解できるということです。
これは「比較的多くの人が経験的に分かってくれる」という生易しいものではなく、脳の認識速度が物理的に速くなるというレベルの話です。

英語でいう5W1Hに近いですね。
近いけど、でもちょっと違います。
なのでここでは、上記4つの要素を合わせて「SWTD」と呼ぶことにします。
(5W1Hとの違いを明確にするために仮でSWTDという言葉を作っていますが、普段の作品制作では5W1Hで考えて問題ありません)

国語の先生が「いつ・どこで・誰が・何を・どうしたをはっきりさせなさい」とよく言いますが、これも一緒です。
要するに、人間が状況を理解しようとするときに、それらの要素を注視してるということなんです。
人があなたが描いた絵を見るときも一緒で、SWTDがはっきりしてるイラストは分かりやすいし、そうでないイラストは分かりにくいわけです。

考えてみれば、自分も含め、このへんをちゃんと明確に描けてるアマチュア絵師って、実はそんなに多くないんですよね。
特にアマチュアマンガ家が描いたネットマンガは「どんな状況で・何に」がほとんどなく、コマの大部分が「誰が・何をした」しか表現できてないというケースは非常に多いです。

2. どんな状況で

で、5W1Hでは「いつ(When)」「どこで(Where)」に該当するものですが、冒頭で述べた参照元の分からない最新研究によると、人間の脳はこの2つを「どのような状況で」という形でひとくくりにして認識しているのだそーです。

アニメで「夜の学校って、いつもと違う場所な気がするよね~」っていうお約束のセリフがありますよね。
これっていうのはつまり、人間の脳は「昼の」と「学校で」をひとくくりにし、「夜の」と「学校で」をひとくくりにするから、結果的に「昼の学校で」と「夜の学校で」はそれぞれ違うものとして認識されるということなわけです。

ですから理屈の上では、イラストには「いつ」と「どこで」が、どちらか片方だけ描かれていれば十分に分かりやすくはできるということになります。
(実際には、ストーリーイラストで「いつ」と「どこで」をどちらか片方しか描かないのはほぼ不可能ですが、ストーリー性がない絵の場合は片方ということもあります)

もちろん両方分かりやすいのが理想ですが、必要ないのに無理することはないということです。
ただ、両方あった方がいいのか、片方だけの方がむしろいいのかは見極めるようにした方がいいでしょう。

3. 何に

英語の5W1Hだと、この「何に」に相当するのは「How(どうした)」ですが、人間の脳はこういう認識の仕方はしないようです。
「状況の主体(Who)」が、「相対する対象(What)」に対して、どのような行為を行ったのかということの方を重要視するそうです。

つまり、たとえば「ラッシュ時間帯の駅ホームで、俺は立ち食いソバを食べた」という文章をイラストにする場合、従来の5W1H的な考え方だと「食べるという行為を行う」点を強調することになります。

「俺」「立ち食いソバ」「食べた」という要素が個別に存在していれば十分というわけです。
でも実際には、人間の脳は「俺」と「ソバ」がどのように結びついているかの方を重要視するというのですから、こうした方が「食べてる」感じがすることになります。

麺が見えないのに擬音語だけで「食べてる感」満載です。
たとえ麺がイラスト内に描かれていなくても、「食べてる最中の絵だから」という理由で食べてる感が増しているのです。

別の見方をすれば、イラストに迫力を出すためには、多少は現実的でない描写を使った方がいい場合もある、ということも表します。
俺は普段ソバを食べるのに「ズズズ…」なんて行儀の悪い音は出しませんし、そんなことする人も滅多にいません。
「ソバを食べるときは音が出て当たり前」と思ってる人もそう多くはないはずです。
でもそれでも、「ズズズ…」という擬音語を絵に入れてあった方が食べてる感が出るのは、「食べてる最中」であることを強調しているからです。

この考え方は、マンガの教則本にある「アクションは始まりでも終わりでもなく、その中間を描け」という考え方も補足します。
人間の脳が物事を5W1Hで認識するなら、「主人公」「悪党」「殴った」という事実自体が大事なので、アクションの開始点中間点終了点のいずれを描いても大した違いはないことになります。
それどころか、刑事の報告書のアップとかの方が、この3つの要素が全て表現されていて一番分かりやすいことになってしまいます。

もしマンガのコマが「A」だけだと、殴った結果どうなったかが分からないので、ストーリー的にもう1枚絵が必要な感じがします。
逆に「C」だけだと「なせそうなった」って感じです。
「主人公が悪党を殴った」というシチュエーションを1コマで表現できるのは、ここでは「B」だけというわけです。

4. マンガの絵作りを分かりやすくする

このサイトはいちおー超々初心者向けを謳っているので、実際に俺が勘違いしてた超頭悪いエピソードを紹介します。
同じ勘違いをしてる人がいるといけないからね。
まぁ、さすがにいないと思うけどサ…… (´・ω・`)ショボーン

かれこれもう30年くらい前ですかね。
小学校の先生から「5W1Hをはっきりさせなさい」と初めて教わったとき、俺、その先生のことこいつバカじゃねぇのって思ったんですよね。
なんでかってぇと、いつ・どこで・誰が・何を・どうしたという5要素を、一文一文全てに入れてったらキリがないからです。
そんな文章の作り方をする人、正直見たことありませんでしたしね。

えーと、イメージ伝わるかな? 要するに、

明治25年の小学校で、坊ちゃんは親譲の無鉄砲のため、で子供の時(具体的には明治15年ごろ)から損ばかりしていた。
明治11年頃に小学校に居た時分にも、坊ちゃんは学校の二階から飛び降りて、一週間ほど腰こしを抜ぬかした事がある。
いつでも、どこでも、誰でも、なぜそんな無闇むやみをしたと聞くかも知れない。
明治11年頃に小学校に居た坊ちゃんには、心に別段深い理由があるわけでもなかった。

こんな感じで、句読点が来るたびに5W1Hをいちいち全部書けと言われてるもんだと勘違いしたワケ。

まぁ、その先生はもともとちょっと考えなしな人だったので、「この人の言うことは基本的に眉唾だ」という思い込みもあったのかもしれません。
でも今はバカは自分だったと分かりますよ。
5要素が最終的に読者に伝わるように書けばよく、1文目ですでに表現している要素は、2文目以降では省略しなきゃいけなかったわけです。
当たり前だけどさ!!
小学生だったんだもん! しょうがないじゃん!(開き直りっ)

当たり前のことではあるものの、これと同じ種類の勘違いは、むしろマンガの方がしやすいのではと思います。
なんせマンガは全てのコマが絵でできてますからね。
「コマ割りが分からない」人の中には、一部、各コマに何を描けば分かりやすくなるのか分からないという人もいるはずなのです。
そういうの解説した教則本とかあんまありませんし。
(「コマ割りが分からない」という悩み自体、いくつかに分類できる根深い悩みですが、それについては次回、多少詳しい説明をします)

ようするに、マンガというのは数ページごとに「転換」があるので、それごとにSWTDの各要素を入れればいいのです。
ラノベでいえば「節」、映画では「シーン」と呼ばれる単位です。
(転換には「主体の切り替わり(カット)」と「場面自体の切り替わり(シーン)」の2種類がありますが、ここでは後者について話しています)

シーンの冒頭でロングショットを入れて、2コマ目で登場人物を描き、以降のコマはストーリーが進むことによって状況が変化した部分だけを描いていくというやり方が定番でしょうかね。
スリリングなシーンとかだと、シーン冒頭でアップショットが少し続いて、頃合いを見てネタ晴らし的なロングショットというケースも多いでしょう。

どちらにしても、シーン全体を総合するとSWTDが全て表現されている、という点が重要となります。
逆に、そのどれかが巧く描ききれなかったりすると、それが「伏線っぽさ」という形で読者の心に残ってしまい、回収しないといけなくなるわけです。

もちろんSWTDだけ完璧ならマンガが描けるわけじゃないですけど、シーン全体でのSWTDを先に決めると、以降の作業を行う際に精神的な余裕ができるのです。
(あと、「マンガはロングショットとアップショットのメリハリが重要」という話もありますが、シーン全体でSWTDがキレイに表現できていれば、ロングとアップのメリハリは自然につくから深く考えなくてよい、ということにもなりますね)

5. イラストの場合の構図設計の仕方

ペラ1枚で完結したイラストの場合も基本は同じです。
こと分かりやすさという観点では、ペラのイラストは「コマが1つしかないセリフなしマンガ」という考え方で画面設計すれば、絵をバチッとまとめることができます。
つまり、絵のテーマを1文にまとめたとき、修飾語を除いたSWTDの4つが重要な要素であり、それ以外は全て副次要素となると考えればいいのです。

初心者のうち、とりわけ構図を巧く作れない人は、「目立たせるべきもの」と「そうでないもの」の区別がついていないケースが圧倒的に多いです。
「俺のことは全部見てくれ!」と思ってるというか、むしろ自分がそういうふうに考えていることすら理解していない人も多いというか。

とりわけ要注意なのが、本来はあまり重要でないはずの要素を、初期のうちからイメージがあったからという理由で重要だと勘違いしてしまうことです。

俺自身が実際にやっちゃったミスなんですが、「パースの練習をするために近所の風景を描く」というコンセプトで描きはじめたはずのイラストに、いつの間にか「女の子」という主人公が登場して主役を食っちゃったことがあったんです。

このイラストは、実は主人公は背景の町並みの方なんです。
なんせパースの練習をするために描いた絵でしたからね。うちの近所に実在する風景です。
「くすりのハッピー太郎」の看板とか、自主的にヒットでした。

でも、「彼氏と放課後デート中の女の子」というイメージが制作の初期段階で浮かんできてしまい、そこを強調したために女の子も町並みも両方ともいまいちになってしまったのです。
女の子のイメージはほぼ最初からあったので、そこが重要だと勘違いしてしまったわけですね。
分かりやすさという観点では、「どうしても取り入れたい」という気持ちを制作者が持っているからといって、必ずしもそのアイデアが重要であるとはかぎりません。

たとえどんなに「面白い」と思ったアイデアであっても、邪魔であれば切り捨てることができるのが上級者、それができないのが初心者です。
(しかも放課後デートは学校帰りにさりげなくできるところが利点なのに、女の子ががっつりムード作りにいってて表情がエロいし。友達に見られたらどうする気だったのかな、この子)

そんなとき、いったんSWTDの文章にまとめてみると、何を描くべきで何は描かないべきなのかがはっきりします。
上記の例の場合は、
A.街中で、夕日が暮れなずんでいるところ(S「街中の夕方」W「夕日が」T「町の風景に」D「暮れなずんでいる」)
B.女の子が彼氏と放課後デート中(S「放課後に」W「女の子が」T「彼氏と」D「デート中」)
こんな感じでどっちか選べばよかったんです。

A.の場合はもっと「空」の部分を大写しにして、女の子は完全逆光にするなど、あくまで背景の一部として描かれているべきでした。
もしくはB.なら、女の子の主人公性をもっとはっきりさせて、背景は「夕日の綺麗な街」と分かる程度に留めるとかとか。
(まぁ、もともとパースの練習だったわけだから、もし今からやり直すならA.ですね。右手前の中華屋をもっと大写しにして、女の子はその建物の影のあたりでこっちに手を振ってる、くらいに留めておけば、こんなに違和感全開の絵にはならずにすんだのではと思います)

まとめると、

1. テーマを決める

2. シチュエーションを文章にまとめる

3. 作った文章から「どんな状況で(S)」「誰が(W)」「何に(T)」「何をした(D)」の4要素をまず抜き出す

4. 重要要素だけを使ってまず構図を決定

5. 重要でないその他の要素をどのように配置するかを決定

6. ラフを何枚か描いてイメージの確認

こんな感じですかね。

こういったことも、SWTDの原則を考えることに慣れておけば、比較的簡単に頭の中でまとまるというわけです。


イラストにかぎらず何でもそうですが、「分かりやすい」とはすなわち、「見てくれる人に、なるだけ脳みそを使わせない」ということでもあります。
つまり、直感的に理解できること、です。

そのために必要なことの1つが「SWTDをはっきりさせること」と言えるでしょう。

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