視線誘導の基礎

そもそもの問題として、あなたは、自分が思ったことをちゃんと人に伝えられてるでしょうか。
今まで生きてきて、出会った全ての人々は「話せば分かる」人ばかりだったでしょうか。
「なにこいつ、なんでこんなことも理解できねぇの、ばっかじゃねぇの」と思ったことは一度もないでしょうか。

俺はあります。
仕事がコンピューターエンジニアですからね。割としょっちゅうです。
同じプログラムの同じ操作方法を何度も質問してくる人や、詳しく言うと「分かりやすく」と怒るくせに簡単に言うと「具体的には何なの」と怒る人、それからパソコンを自分でぶっ壊した形跡があることを指摘しても「何もしてない勝手に壊れた」と言い張って聞かない人など。
コンピューターエンジニアはコンピューターを操るプロであって、人に説明するスキルは専門じゃないのに、どんどん話術が鍛えられていく始末です。
(さすがにお客さんに「ばっかじゃねぇの」とは言いませんけどね……。家に帰ってチューハイの缶を開けてからしか)

ですが、絵師になったら上記のような言い訳はできません。
絵師という職業は人に物事をイラストで説明するプロですから、絵の意味が分からないのは描き手の責任です。
少なくともそういうふうに考えられる人でないと、プロとして安心して仕事を発注できません。

でもだとすると、絵の意味を説明するってどういうことでしょうね。
あなたは、自分の絵の意味(何が言いたいがために、何のために描かれたイラストなのか)を、見る人がちゃんと分かるように描けてるでしょうか?

1. 絵の意味を説明するということ

この絵がどういう意味のものなのか、を人に伝える方法にはいくつか方法があって、

1. 見てくれた人に口頭で説明する
2. 説明書きを添付する
3. 絵の中に文章で説明を書きこんでおく
4. マンガ形式にする
5. その他

があります。
ですが、街中の店頭ポスターの場合、上記のような悠長なことはやってられません。

たとえばあなたが仕事で広告ポスターを描いたとして、それがどこかのお店の店頭に飾られたとします。
具体的には、たとえばでいいので「ケンちゃんラーメン」とでもしておきます。
その店頭広告のポスターです。

するとあなたは、ただ普通に通りかかっただけの、あなたの絵に特別な興味もない人に、立ち止まってポスターを見てもらい美味しそうだなと思ってもらう必要があるのです。
そうでなければ広告になりません。

ですがそのためには、あなたが描いた絵の内容を理解してもらい、興味を持ってもらわないことにはどうしようもありません。
どうしたら分かってもらえるでしょうか。

ためしに会社の廊下でストップウォッチで計ってみたところ、ポスターを視認できる距離まで近づいた人(俺)が、ポスターの前を通りすぎてしまうまでの時間は1.3秒でした。
このときは少しゆっくりめに歩いたので、速足で歩いてる人だと1秒もないでしょう。
しかもこの通行人は、あなたのポスターのことなど見てもいないし、知りもしないのです。

つまりプロとしてポスターを描く立場になったら、自分の絵の意味を、ただの通りすがりの人に「1秒弱」という極めて短い時間で説明しなきゃいけないのです。
詳細なところまで全部は無理でも、少なくとも「立ち止まって眺める価値がある絵だ」と思ってもらわなければいけません。

ですから、文章で説明するなんて不可能です。
文字数でいうと、十分に大きな字で書いたとしても頑張ってせいぜい3~4文字が限度でしょう。四字熟語が1つ書ければいい方。

とはいえ、説明する時間がたった1秒しかないのだとしたら、わずかそれだけの時間で何ができるでしょうか?
心にインパクトを与えることができます。

2. 視線誘導とは

視線誘導とは、イラストにおける「描き手の意図を、見る人に正しく伝える」ための技術の1つです。
絵の意味を説明する方法は前述のとおり「文章で書く」などの方法もありますが、そのような悠長なことができない場合に、「人間の目の習性を利用した方法」を使います。

その方法論のことを視線誘導といいます。
見た目でインパクトを与え、目に留めてもらい、イラストを目で追いかけてもらい、そうすること自体によって絵の意味を分かってもらうのです。

具体的には、人間がもともと持っている、
1. 目立つ物には思わず注目してしまう
2. 興味のある物が現れると、より目立つ箇所から順に目で追う

という習性を利用します。

たとえば童話「桃太郎」のストーリーを視線誘導で説明する場合、「桃太郎→お供→鬼ヶ島→鬼」という順番で目立つように描き、かつ「桃太郎+お供」と「鬼ヶ島+鬼」が対立するような構図にしておけば、見た人も桃太郎というのが何なのか何となく分かってくれます。

3. 視線誘導を意識するうえで必要な要素

絵に視線誘導を盛り込むにあたって意識しなければいけない概念は以下の4種類です。
略してCOPEとでも呼びましょうか。

1. 構図(コンポジション)

三分割構図、放射構図、対比構図、枠組み構図など。
イラスト全体のうち、キャンパス内のどの場所をどのように使うかをざっくりと決めたもの。
なおシェイプ語の回で紹介した観音構図は、枠組み構図の亜種です。

2. 要素(オブジェクト)

主人公、登場アイテム、背景など、実際にイラストに登場する「物」自体。

3. 配置(ポジション)

要素の並び順。
イラスト内に登場する要素を、閲覧者に「どの順番で」見せるかを決めるための概念。
線形配置、円形配置などの比較的メジャーなものから、リズム配置などの扱いの難しいものもあります。
 
なお、他のイラスト入門サイトなどでは、「構図」と「配置」は区別されていないこともあり、ごちゃ混ぜに書かれていたりしますが、視線誘導を意識するなら明確に区別しなければいけません。
構図はイラスト全体の雰囲気を決めるのに対し、配置は要素を見せる順番を工夫することで「時系列」を生むための概念だからです。

4. 効果(エフェクト)

イラストを現実以上に美しく見せるための工夫の総称。
特に「光源の演出(ライティング)」は、高いアイキャッチ効果があるため重要視される傾向があります。

なお、この「構図」「要素」「配置」「効果」の考え方は、その1つ1つがそれだけで本が何冊も書けてしまうような難しい概念です。
なのでこのコラム1回で全てを説明することはできませんが、とりあえず今回は、今後当サイトで視線誘導の話をしていくにあたっての基本となる用語を説明しておこうと思います。
上記の項目で言うと「2. 要素(オブジェクト)」の部分の用語説明です。

ただし、ここで使われている言葉は、世界共通で仕様統一された言葉ではありません。
本によっては別の言い方をされていることがあります。

1. アイキャッチ効果

イラスト内に描いた要素が、どれくらいインパクトを持っているかを示すパラメーターのようなもの。
たとえば、「裸(特に女性)」「血」「動物」「カラフルな物」「明るい物」などは強いアイキャッチ効果を持ち、逆に「地味な普通の人」「背景と同じ色の物」などはアイキャッチ効果は弱くなります。
視線誘導では、自分が描いたイラストを一般の人が見たとき、どれくらいインパクトがあるかを意識することが重要になります。

2. メインアイキャッチャー(または単にアイキャッチャー)

通りかかった人にインパクトを与え、目にとめてもらうためのオブジェクト。
イラストの用途が「広告」「本の表紙」「pixivの投稿画」など、自分の絵に興味がない人が見る可能性がある場合は特に重要になります。
 
ノーマルな立ち絵の場合は絵の主人公がそのままメインアイキャッチャーを兼ねることも多いですが、とはいえ「人目を引く」ことそのものが目的のため、主人公のパワーが弱い場合や、アイキャッチ効果を強めたい場合は別途アクセントを用意することもあります。

3. アクセント

主人公のアイキャッチ効果が弱い場合や、主人公をわざと目立たなく配置する場合に使うイラスト要素。
手法としては、絵の雰囲気にそぐわないキャラクターなどをわざと目立つ位置に配置する、目立つ色のものをわざと目立つ位置に描く、などがあります。
 
ただし、アクセントはそもそも「主人公のアクセント効果が弱い」場合に使うわけですから、アクセント自体のアイキャッチ効果があまりに強すぎると、せっかく絵を見てくれた人の視線をアクセントのみが釘づけにしてしまい、他の部分に注目してもらえなくなる危険もあります。

4. パラレルアクセント

アクセントの強化版で、より高いアクセント効果が欲しい場合に使います。
見る人の視線が紙面の外縁のどの方向から入ってくるか分からないにもかかわらず、主人公が「紙面中央」にいて初見での注目を集めにくいといった場合に、紙面の四隅に配るなどの方法で配置します。
 
ただしアクセント自体のアイキャッチ効果が意に反して高すぎる場合、それをさらにパラレル化すると手ひどいことになります。
パラレルアクセントを使う場合、主人公自体も十分なアイキャッチ効果を持っていなければいけません。

5. リードオブジェクト

アイキャッチャーを使って視線を捕まえた人を、イラスト内のストーリーへいざなうためのオブジェクトです。
また広告ポスターの場合は、広告主のロゴや告知情報へ視線を誘導します。
 
メインアイキャッチャーよりもワンランク目立たないように描き、見る人の視線がどこから入ってくるのかを意識して、その人が見るであろう順番に配置します。
(見る人の視線が入ってくる方向は、設置場所によりますがWebであれば上・左上・左、ポスターであれば上か左、冊子の場合は横書きなら左、縦書き冊子は右からのことが多いでしょう)

6. エキストラ

イラスト自体をにぎやかな印象にする場合にのみ使う、特別なオブジェクトです。
かろうじて背景ではないと識別できる程度には目立たせますが、とはいえ、見る人の視線が意図しない方向へ走っていってしまわないよう、アイキャッチ効果はギリギリまで抑えます。
絵を見ている人の印象にはほとんど残らず、背景の一部であるかのように認識されます。
描き方によっては、背景との区別は必ずしも明確ではないこともあります。

7. バックグランド

イラストの下地。
通常は無地・または単色背景を使い、ストーリーイラストの場合は風景画を使います。
 
ストーリーイラストの場合は、「世界のものを表すオブジェクト」という立ち位置になり、要素の中でももっとも美しく描かれる必要があります。
この場合、一番美しくないといけないのに目立ってはいけないという、非常に高度なテクニックが必要になります。
考えようによっては、背景を美しく描けるかどうかが普通のアマチュアとハイアマチュアの分かれ目ともいえるのかもしれません。

4. 視線誘導がなかなか理解できない人/できる人

スキルを習得するときは何でもそうですが、視線誘導にもある程度自然に理解できる人と、なかなか理解できない人がいます。

さすがにプロ並みの技術が最初からいきなり使いこなせる人はいませんが、「何となく視線誘導できちゃってる」くらいであれば小中学生絵師の中にも結構います。
ですが逆に、大学生でデッサンは凄くいいのに視線誘導がどうしてもできない、という人もいます。

この違いは、その絵師にとって描きたいものが「キャラクター」なのか、それとも「世界そのもの」なのかという考え方の違いによるものです。

「自分が描いたキャラクターを見てほしい」というスタンスが一貫している人にとっては、背景というのはそもそも仕方なく付け足すものであり、意識しなくても何となくキャラクターよりも目立たないように描くことができます。
ですが通常多くの人は、「俺様が頑張って描いたものを全部見てほしい」という無意識の欲求があるため、つい「全てのオブジェクトを目立つように」描いてしまうのです。
そうではなく、「俺様が頑張って描いたもののうち、ここを特に見てほしい」と思うところを目立つように描かなければいけません。

とはいえ、自分の悪い癖に自分で気づけばまだいいのですが、物事に順位づけをするという感覚自体がないと、どの要素が重要で、どの要素はそうでないのかを区別することがなかなかできません。

特に要注意なのが、「テストの出題範囲を全て勉強しておけば、ヤマなど張る必要はない」と考えがちな人、または仕事で「自分に割り当てられたタスクは全て重要であり、重要度の順位づけは『しいていえば』で行うもの」と考えがちな人です。
はっきり言いますが、それはただの思考停止です

世の中のあらゆるものが重要なんてことはないし、テストの出題範囲の中にも「さほど重要ではなく、出題される可能性は低い項目」は必ずあります。仕事だっていくつもあれば「実はやらなくてもいい仕事」は絶対にいくつかあるものです。
それから、女子会などで延々とエピソードを語るばかりで会話の取り留めがない人、コレクションがなかなか捨てられない人なども同じです。
これらは全て物事の順位づけが苦手という問題に起因するものです。

もしあなたがこれから絵師として上級・プロ級のランクに行きたいと思うなら、視線誘導は絶対に避けて通れません。
ですが逆に、「テストのヤマ張りスキル」「仕事の順位づけスキル」「会話を適切にまとめるスキル」「断捨離スキル」「視線誘導スキル」が全て同じ原因に起因するものということは、本人の覚え方次第では、1つできれば残り全てできるようになるということでもあります。
(もちろん応用しようと思わなければ、応用できるものも応用できませんが)

これらのスキルは通常鍛えなければ伸びないスキルであり、最初からできる人もいません

最終的には絵師または仕事人としてのスタンスの問題にもなってしまいますが、とはいえそういう方向にまで話が膨らむのは、視線誘導がそれだけ重要な要素だからです。
少しずつでも、意識的に覚えていく必要がある、と思ってほしいと思います。

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