異様にレベルアップ早いヤツなんなの?

絵のレベルアップが異様に早い人がいます。
そういう人は周囲から一目置かれながらも、「素質キラー」だとか「才能つぶし」とか言われたりします。
周囲の人が、「あいつみたいに巧くは描けないから」ってみんなあきらめてしまうからです。

俺としては、「人より巧く描けない」ことがあきらめる理由になるのなら、早めに脱落できてよかったじゃんって思いますけどね。
プロになったら周りはみんな神がかった絵を描く連中ばっかなんですから、どうせあきらめるなら早めにあきらめておいた方が時間を無駄にせずに済みます。
とはいえ脱落したくない人達にとっても、素質キラーの連中がどういう思考回路をしてるのかは、「よく分からなくて気持ち悪い」という印象があるんじゃないかと思います。
もしくはできるものなら真似したい、というのも心情でしょう。

言ってしまうと、初心者の段階からパッと見いい絵を描く奴らは、ようするに注目されやすい絵を狙って描いてるんです。
「このように描けば注目されやすいはず」というデータがすでに頭の中にあって、それに基づいて絵を描いているから、下手ながらも目を引く絵が描けたり、知らないはずの高等テクニックに自力でたどり着いたりするわけです。

そういった「どうすれば人の注目が得られるか」を考えるにはどうしたらいいかってぇと、言葉にすれば至極単純なんです。
いわゆる共感力と呼ばれる力を鍛えればいいんです。

そこを何とかすることで、自分の絵の欠点を客観的に探したり自分自身の課題を自分で見つけ出したりし、結果、高い評価を得やすい絵を狙って描けるようになります。
逆にこの能力が低いと、自分の絵の評価を自分ではできないし、極端な場合は「絵の先生が何を言ってるのか」も理解できません。

今回はその訓練法を説明します。

1. そもそも共感力とは何か

共感力とは、読んで字の如く、身の回りの人々と気持ちを共有する力のことです。
周囲の人達の気持ちを察したり、場の空気を読んだり、それにより自分を客観的に観察したり、といった使い方をします。

ただしこの共感力というやつは、「そもそもできっこない」と思ってる人が非常に多い能力でもあります。
たとえば人目ばかり気にして何もできない人、「どいつもこいつも分かってくれない」といつも思ってる人、「人は人・自分は自分」とあまりにも割り切りすぎている人、ちょっと注意されただけで過剰反応して何でも抱え込んでふさぎ込む人。
こうした人達は、人間関係に問題が生じる原因が、周囲の人達(もしくは自分)の性格が原因と捉える傾向があります。

ですが違います。
周囲の人達の気持ちをうまく察せてないことが、人間関係に問題が起こる原因です。

なんで人の気持ちを察せないのかというと、「人の気持ちを読むなんて物理的に不可能だ」と考えるからです。
この共感力という能力は、いわゆる「コミュ力」と呼ばれるスキルのサブスキルの1つですから、あきらめなくていいものを1人で勝手にあきらめてる人は非常に多いわけです。
(それから、「コミュ力が低いのはお互い様なのだから、自分だけが苦労しなきゃいけないのは嫌だ」と訓練から逃げる人もいます。そういう考え方の人は、だいたいコミュニティ内でのコミュ力が1人だけダントツに低かったりします)

ぶっちゃけて言うと共感力とは、自分がこうすれば、相手はこう反応する「だろう」という予想をする力のことです。

予想をする力ですから、人の気持ちをテレパシーで読み取る必要はありません。
幽体離脱能力もいらないし、スーパーサイヤ人やニュータイプに目覚める必要もありません。脳にF端子を刺さなくても、悪魔に転生して赤龍帝を襲名しなくてもいいんです。
そんなことしなくても、「あのとき自分がこうしたら、相手はこういう反応をした。だから今回もだろう」と予想をすることはできます。

自分に対する周囲のリアクションを、過去の経験に基づいて予想する力のことを共感力といいます。
そしてその的中率が高く、日常生活や仕事の様々な局面で幅広く応用できている状態を共感力が高い状態です。
逆に、予想はできていても外すことが多かったり、予想すること自体できない状態が共感力が低いということです。

日本人はこういった分野のことを理屈で考えるのが嫌いで、よく「気合いで何とかするしかない」という結論にもっていきたがりますが、例によって気合いではどうしようもないです。
共感力とは、「知ってればできるし、知らなければできない」人生テクニックに類することです。

2. 共感力を鍛えると絵が上手になる仕組み

なんで共感力を鍛えるといいかというと、シンプルに「他人の感想を推測しながら絵が描けるようになる」からです。

「もしこの絵を誰かに見せたら、その人はどんな感想をくれるだろう」と想像し、その人の気持ちになって自分の絵を見ることができるようになります。
だから、本来であれば何回も描きなおしや再提出が必要なはずの絵を、1~2回の手直しで描けるようになります。
人に聞かなくても他人からの感想を推測することができるようになるし、それによって現在の課題を自分1人で拾うことができるようになります。
限界はあるにしても、先生におんぶ抱っこの状態と比べれば雲泥の差です。

また美術以外の面でも、先生・親・上司から受けるかもしれない注意点を先回りして潰して良い評価を得たり、本当にセンスのいいオシャレができるようになったりします。
ようするに「器用な生き方をしてる人」がやってるようなことが、自分にもできるようになります。

共感力を鍛えれば、ありのままの自分を自然に出していけるようになるというわけです。
逆に言えば、ありのままで生きるには共感力が高い必要があり、共感力が低いのにありのままだと周りからはただのアホにしか見えないわけですが……。

3. 共感力の鍛え方

この能力の鍛え方としては、一般的な自己啓発本とかだと、ざっくり「がんばる」だとか「自分を好きになる」といったオブラート言葉に包んでありますが、もちろん単に気持ちだけあったってダメです。特に宇宙的なものと繋がっちゃったりするとかもってのほかで、そんなことしても絵は上手になりません。
人から自分がどう見られているかを知る努力をすることが大事です。
(それはときとして、「自分は周囲からの評判が実は凄く悪いんじゃないだろうか」という恐怖と戦うということでもあります。でも人気絵師になりたいなら、そこは乗り越えていただくしかありません。それか不人気な絵師になるか。がんばるかあきらめるか、選択肢は2つです)

具体的な訓練方法は、自分の見方を変えるのが第1歩ですから、やはり「鏡を見る練習」がもっともハードルが低いでしょう。
まず鏡の前に立ち、斜め上でも見てしばらくボーッとしながら、「これはテレビだ、これはテレビだ」と考えます。
で、テレビを見ているつもりでパッと鏡を見て、そのテレビの中に映った他人の顔を評価してみます。
「うだつのあがらねぇオッサンだな」とか「以外に悪くない顔だな」とか「裏で悪いことしてそうだな」等、自分の性格とは一致しない印象を受ければ成功です。
もしあなたが過去にそういうことを全くしたことがなければ、見慣れたはずの自分の顔にすら色んな発見があるはずです。
(ただし、実はこの鏡を見る練習は言うほど簡単ではありません。人間の脳は自分の顔を本能的に他人と区別する仕組みが備わっているためです。とはいえその仕組みは疲れているときは狂いやすいので、疲労困憊しているときは「あれ? こいつ誰? ああ、俺の顔か」ってなりやすいです。そういうときに自分の顔をよく見てみてください)

また、自分が描いたイラストについて「人に説明する」機会を設けるのも有用です。
他人に分かりやすく説明するためには、説明する相手のことをきちんと知った上ででなければ絶対にできません。
そもそもイラストというものが「何かを他人に分かりやすく説明するために描くもの」ですから、説明能力が高いことは絵師として必須条件なんです。

具体的な訓練方法は、ラクガキをした際に「なぜこの絵を描いたのか」という説明を考えることです。
ラクガキを描いた理由なんか、普通は「そんなんどうだっていいじゃん」で終わってしまうところですが、そこをあえて説明することで自分がどういう人間なのかを観察しやすくなります。

通常多くの場合、ただのラクガキは「描きたかったから描いた」くらいしかないと思います。
ですが実際には「なぜ描きたいと感じたのか」「なぜこの絵柄だったのか」という部分で、何か思ったところが必ずあるはずです。

俺個人の場合、絵を描きたくなるきっかけはいくつかあるのですが、よくあるのは「ジョークを思いついたとき、それをより面白くするためには、絵を見せるのが手っ取り早いと感じたから」です。
1時間くらいでパパッと描いてツイッターにアップする系統のイラストは、このパターンが多いです。

以下のイラストは、いつだったかツイッターにアップしたものです。
左に有能サラリーマン、右に巫女さんの絵が描かれています。

このイラストを思いついたのは仕事中で、近くの席の人が「見込み顧客」という言葉をたまたま使ったときでした。

それを耳にした際、俺の頭の中で言葉が「みこみこきゃく」とひらがなで脳内再生されたため、「言葉尻かわいいよなー」と思ったのです。
で、「みこみこきゃく」という言葉がかわいいことを人に分かってもらうためには、かわいい巫女さんの絵を添えるのがよいという結論に至ったわけです。
かつ「かわいい巫女さん」をよりかわいく見せるために、対比として「厳しい顔をしたサラリーマン」を描いた感じです。
完成品を見ればただの無意味なラクガキですが、描くまでの間に上記のようなことを足かけ1時間くらい推敲しています。

プロの中にも「この絵のテーマは何ですか?」と聞かれて、「社会に対する不満や情緒といったものを、メランコリックかつ情熱的に表現しました」なんて難しいことを言う画家がいますが、ああいうのも全然ダメです。
あれは難しいことを言って質問者をけむに巻いているだけです。
そういう下らないことを言うくらいだったら、小学生男子の「うんこ描くの楽しいじゃん! なんでいけないの?」という回答の方がまだ理解できます。

そうじゃなくて説明とは、「理解してもらうこと」ですから、相手が理解できないことを言ってはいけません
絵も一緒で、見せる相手が理解できない絵を描いてはいけません

そのためには、どこまで詳しく言えば(描けば)相手は理解してくれるかが、あらかじめ分かっている必要があります。
それには「自分が理解していること」「自分がまだ理解していないこと」「相手が理解していること」「相手が理解していないこと」の4つを全て把握することが必須ですから、そのために自分を理解する相手と意識を共有するといった能力が必要になってくるわけです。

ですが人間は(特に日本人は)自分程度の人間が知っていることは、よそ様は重々ご承知のはずというアホな謙虚心を持っていることがけっこう(というか、かなり)多く、常日頃からそういう前提でしゃべってしまっている人は多いです。
和を重んじる傾向があまりにも高すぎて「言わなくても分かるでしょ?」という意識がどうしても変えられない人も結構いて、言ってしまってから「なんで知らないんだよ、それくらい知ってろよ」ってなることは多いです。
それだけでなく、言った側が「それくらい知ってろよ」と思っているその内容自体が、本来相手が知らなくて当然のことだったり、ただの勘違い・思い込みであったり、あと「言ったはずだ・ちゃんと伝わったはずだ」と思い込んでるだけというパターンもあります。

それからもう1つ、常日頃から「あ、この表現の仕方(言い方、描き方)では通じないんだな」と思うクセをつけるのも重要です。
何か言葉やイラストで説明をしようとしたとき、相手が「え?」とキョトンとした場合に、共感力の低い人は「あ、こいつバカだわ」と思って説明を中断する傾向があります。
そうではなく、絵の意味や言葉の意味が通じなかったら、それは全部自分の表現が悪かったからだと考えるようにすることが、絵師としてとても大切です。(たとえ実際には本当に相手がバカだったからだとしても)
「通じなかった表現方法は2度と使わない」ことを繰り返すことで、1つずつ周囲を理解できるようになっていくのです。



共感力とは、「自分がこのように行動すれば(表現すれば)、相手はこう感じるだろう」と予想する能力のことです。
ですから最初のうちはどうしても、自分的には多分、こう描けばいいんじゃないかなと思うという想定でやることになります。
過去の経験が役立つなら役立てればいいですが、そういうのが何もないなら、想定が当たるまで何度でもトライし続けるしかありません。

「巧く描けない」ことがあきらめる理由になるのなら早めに脱落しておいた方がよい、というのそういうことです。
美術経験の足りない人がよい評価を得るには、まぐれ以外は絶対にありえないというわけです。(まぐれを引き寄せるのも能力のうちではあるものの、基本的にはってこと)

これはちょうど、当たりを引くまでくじを引き続ける行為によく似ています。
この「当たりを引くまでくじを引き続ける」ことを卑怯と称する人も中にはいますが、そもそもそうするしかないのだからどうしようもないんです。

その意味では、上手になるにはあきらめないことが一番大事という身も蓋もない話が、実は一番真理に近いということでもあります。

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