努力しても絵が上達しない理由は「何も考えていないから」

今回あおりました。
タイトルで超あおりました。
なぜならメチャクチャ重要な話だから。

日本人は「考える」という作業をすることが特に苦手です。
考えることが苦手な人は世界中にいますが、日本人は特にひどいです。
苦手などころか、たとえば「社長」「政治家」「司令官」などの考える作業の専門家を口先ばかりで手を動かさない人と揶揄したりします。

これは、日本人が「考える」ことを凄く簡単なことと捉える傾向があるためです。
「おまえ何も考えてないだろ」って言われると、たいていの人が少しムッとするのがその証拠です。
考えることを「凄く簡単なこと」と捉えるがゆえに、「何も考えてないだろ」と言われると「そんな簡単なこともできないのか」と言われているように感じるわけです。

今回は、本当はその解釈が間違いだという話。

1. 日本人がいかに「考える」ことを理解していないか

なんで日本人がそういう民族になっちゃったのか。

それは、日本人はとかく「責任を負う」のを嫌がる民族だからです。
責任を負う立場になることを嫌がるばかりか、「結果的に責任を負うハメになる」ことも嫌がります。
その証拠に、人の上に立つ人間(上司・親・先生など)の中には、この↓言葉を口癖にする人も多いです。

「それくらい考えれば分かるだろ」

あなたの周りにも探せば1人くらいいますよね。
こう言っときゃいいと思ってる人。
やぁもうサルかおまえはって感じですけど、ようするに責任を負うのが嫌だから、あえて何も説明しないことによって、部下に責任ごと丸投げにしているわけです。

とはいえこの、上が下に「それくらい分かるだろ」という言葉で責任を丸投げにしてしまう傾向は、おそらく古くからの日本人の悪癖だったのではないかと考えられます。
そして言われた方も「分かるか!」と言い返せればいいんですけど、もともと大人しい気質の人は、「そっか、分かるのが普通なんだ……」と素直に信じてしまいます。
こうして日本人の頭の中には、「どんな難しいことでも、たとえ自分が知らないことでも、考えれば発想できるし、それができないのは自分が馬鹿だから」と考えてしまう遺伝子が刷り込まれてしまいましたとさ。
めでたしめでたしです。

でも実際には、「考えれば分かる」なんてことはありません。
知らないことを発想するなんて物理的に不可能です。
知らないことは学ぶしかないんです。
言われなきゃ分かんないことは、言われなきゃ分かりません。

なのに「考えれば分かるはず」という間違った都市伝説が一般に広く信じられているため、「普通は考えれば分かる」→「でも自分には分からない」→「つまり自分は馬鹿なのだ」→「じゃあ考えるのをやめよう。無駄だ」ってなるんです。

分からないからって考えなくていいわけはないのですが、大多数の日本人は「自分は考えても無駄な人間」と信じているので、「考える」という行為の重要性が分からないまま大人になってしまいます。

実社会だと、上司に「それくらい考えろ」と仕事を丸投げにされてキレてしまい、結果何も考えずにやっつけ仕事をしてしまう部下、なんて構図が腐るほどあります。
つまり、「自分は考えても無駄な人間だが、自分以外はそうじゃないはず」という意識を上司と部下が互いに持っているため、仕事のやり方を誰が考えるのかという懸念事項をお互いに押しつけ合ってるわけです。

別に会社だけとは限りません。
絵の素人さんで、「上手な人は美大で教えてもらってるから上手なんだ」と考える人、いますよね。
そういう人は「本人が自分で考えた(がんばった)から」とは決して思ってません。それを指摘すると、「いや、本人のがんばりもあると思うけど!」とか言い訳みたいに付け加えるんです。
「考えることは無駄なこと」という意識が強いため、「考えなくてもすむ方法を教えてもらってるに違いない」という安易な発想に飛びついているわけです。

同人制作なんかでも、そういう傾向があるチームは多いです。(何となくの友達同士のチームほどね)
「考えることは本来簡単なこと。でも自分はそうじゃない」と考えてるわけですから、誰も「考える」作業をやろうとしない。みんなで押しつけあってしまう。
だから結果的に誰も考えない、誰もまとめない。で、チーム自体が自然解散。
よくある話です。

で、そんなことを繰り返すうちに、考える作業自体を「自分とは関係ない、誰か他人がやればいいこと」と、甘く見るようになってしまいます。
たとえば、プロの絵を見て「こんなもん俺にも描ける」という評価をくだすのが、その典型です。

そう言う人に「描けるなら描けよ」と言うと、模写だけして「ほら描けた」と答える人が多いです。
中には模写がすっごい上手で、実物よりも上手に描いている人もいますが、そうじゃなくてキャラクターを考え、ポージングを考え、構図や背景を考えるという作業を行っていないのですから、模写をしただけでは「俺でも描けた」ことにはなりません。
それは単なるサル真似です。

こちらは「何もないところから同じレベルのイラストを考え出してみせろ」と言ってるんですが、そう指摘すると「???」ってなってしまいます。
「考える」という作業自体を凄く甘く見ているので、なんで自分がそんなことしなきゃいけないのか、理解できないわけです。

2. じゃあ「考える」って何なの?

日本人のこういった考え方の典型となる例は、童話「ネズミの相談」でしょうか。
猫の恐怖に怯えるネズミ達が、「猫に鈴をつけて行動を監視しよう」と考えるものの、その鈴を誰がつけに行くのか決まらずに実行できない、という話です。
この話自体はイソップ童話ですが、偶然にも日本人の気質をよく表しています。

この物語は「相談」というタイトルなのに実際には相談するシーンはありません。悩んで終わりです。
それどころか最初に「猫に鈴をつけよう」と思いついたキャラクターも登場しませんし、仮に登場しても「ネズミA」とかだったりします。また、そのネズミがどうやって思いついたのかというプロセスも分かりません。
にもかかわらず物語に違和感は特に感じません。
仮に「考えるシーン」を入れたとしても、みんなで「う~ん」と唸りあってるような全く動きのない絵面になることでしょう。

そうじゃなくて、「考える」とは、どうやって考えたらいいか、発想法を調査する。それも分からなければ調査法を調査するというところもぜーんぶこみこみひっくるめて考えるなんです。
「考える」とは、「う~ん」という唸り声をあげる動作を指す言葉ではありません

なのに、多くの人は「考えろ」と言われると、その場で固まって頭の中だけで作戦を練り始めます。
本来、「考えろ」と命令されたときには、どうすればいいかの調査からまずやるべきなんです。

だって、頭の中にないことが唸っただけで浮かんでくるわけないじゃないですか。
知らないことは学ぶしかないのです。
「考えろ」と言われたら、それは「やり方を調べろ。それも分からなければ調べ方を調べろ」というのとほぼ同じ意味です。

たとえばネズミの相談のように、「誰かがやらなきゃいけない」というケースにおいては、本当はネズミ達は「誰が鈴をつけるのか」ではなく、「誰が(作戦を)考えるのか」を最初に決めるべきです。
つまり作戦行動のリーダーですね。

で、その人が責任をもって作戦を練る。
作戦の立て方が分からないならまずそこから調査する。
何をどう調査したらいいか分からないなら、調査法を調査する。

また、他のネズミだって何もしなくていいわけがありません。
「リーダーにどんな作戦を提案するか」「リーダーが考えた作戦をどうやって成功に導くか」「リーダーが考えた作戦の欠点を見つけ、その解決策を見つけるにはどうすればいいか」といったことを考えなければいけません。
つまり何も考えなくていいメンバーなんて誰もいないのです。

考えて分からなければ調べる。それでも分からなければ調べ方を調べる。
そこまで全部ひっくるめて「考える」です。

3. 絵師にとっての「ネズミの相談」

とりわけ「想像すること」を主とするクリエイターにとっては、この「考える」という作業をどうやってやるのか、を意識することがとても重要です。
つまり、どういう方法論で発想するのか、どういう順序で発想すれば完成品を思い浮かべられるか、ということです。

具体的には、たとえばスチルイラストを1枚描くという作業の場合でも、以下のような考える作業が必要です。

・キャラクター設計

顔だち、体格、髪型、萌えポイント、人物の背景設定

・表情とポージング

なぜそのようなポーズをとるに至ったかのシナリオ

・服のデザイン

その服のデザインコンセプトおよびデザイン、素材(しわ)

背景もつけるんだったらさらに以下もあります。

・舞台

どのような場所か。その場所がそういう風景になった理由、周囲の人物

・光源

光を演出的に使うのか、写実的に使うのか。演出に使うならその設計。

・アクセント

必要なら

(それから漫画の場合はここに「ネーム」も入ってくるし、チーム制作の場合は「プロジェクト管理」、印刷に専門会社を使うなら「企業との窓口業務」なんてものにも考える作業はあります。プロの場合はさらに「どうやって締め切りに間に合わせるか」も考えなければいけません)

これだけのこと、順番に考えていたら1つ1つが「ひと仕事」なはずで、もしこれらを全て「やり方を調べる」ところからやってたら、全部をやり終えるのに数ヶ月以上かかっても別に不思議ではありません。
ですが初心者は「プロはこれらのことを全部一瞬で思いついている」と信じて疑いません。
「考える」ということの意味も重要性も理解していないからです。

絵がなかなか巧くならない人は、「どうやって描くのか」ということに注視しがちで、どう考えればいいのかの視点が抜けていることも多いです。

デッサンは考えなくてもできるので熱心にやるけど、いざデッサンが終わって「考える」という作業が必要な段階に達すると、「これ以上は生まれつきのセンスが必要だから自分には無理」と信じてしまっていて考えることをやめてしまったり、あまつさえ限界を感じて絵を描くこと自体をやめてしまう人もいます。

4. そんなスキルどうやって覚えればいいの?

ただし幸運なことにあなたは絵師です。
なので、「どうやって考えるか」を今は分からなくても、「どうやって考える力を身に着けるか」という訓練方法はすでに知っているはずです。
非常に簡単です。

模写のときと一緒です。

あなたが初心者時代には(もしまだ初心者であれば現在進行形で)、模写をやっているはずです。
で、その模写というのはそもそも、プロと同じ指使いをマスターするためのものだったと思います。

ですがよくよく考えたら、あなたは出来上がったイラストを見ていただけで、「本人が描いているところ」を見ていたわけではありません。
描いた本人のところに出かけて見学させてもらったわけでもないでしょう。
まぁ、たまには見学する機会があったり、YouTube の動画で見たりした人はいるかもしれませんが、1から10まで覚えるまでずっと見ていて、ロボットのように完全に真似るところから入ったという人もなかなかいないでしょう。
あくまでも、「プロはこんなふうに指を使っているのではないか(ようだ)」という観点で、プロと同じ指使いを想像で真似ていただけです。

できないときは色々やり方を変えてみたり、どうやらこの指使いではダメらしいと挫折してみたり、または同じ指使いを徹底的に突き詰めてみたりしたはずです。
そして、別にプロに手取り足取り教えてもらわなくても、プロのやり方を想像するという方法だけでもちゃんと上手になりました。

であれば、「考えるという作業の方法論」も一緒です。
プロと同じと思われる方法を探して、色々試せばいいんです。
ようするに「プロと同じ手順で同じことを考えれば、プロと同じ発想法は身に着けられる」という論法です。

先ほどの「考える作業一覧」にあるスキルは、全てこの方法で覚えることができます。
個人的には、まずはファッションデザインの発想法など、表面的で分かりやすいスキルから入るのがおすすめですが、基本的には「できそうな気がする」と少しでも感じるものを真っ先にやるのがポイントです。

どんな順序でどんなことを考えればいいという手順を書いた教則本は基本的にはありませんが、そういったことを得意とする人が書いた本を読んだり、ブログを読んだり、または雑誌のインタビュー記事などを見て推理することはできます。
もしくはイラスト教則本のすみっこなんかに、重要なヒントになるような「考え方の切れ端」みたいなものがさりげなく書かれていたりもします。

分かるわけないと思ってますか?
それともやってみたけど分かりませんでしたか?
でも模写のときだって、最初は訳が分からなくて右往左往して、けっきょく模写だけで1年近くかかったりしましたよね?
人によっては4年? 5年? かかりましたよね?

だったら「考えるスキル」にだって、習得には同じくらい時間がかかって然るべきです。
基礎練習ってのはつらいんです。
こればっかりはどうしようもないです。

もしあなたが中級以上の絵師なら、1度くらい後輩にそう言ったかもしれません。
そういうものなんです。

でも、この方法で訓練を積めば、絵師としてだけでなく「仕事人」としてワンランク上の作業ができるようになります。
「それくらい考えろよ」「いや、おまえが考えろよ」といった仕事の無為な押し付け合いは必要なくなりますし、「おまえらうるせぇ、俺がやるから見てろ!」とか言えるようになります。

また、もしあなたが会社で残業過多に悩んでいるなら、この「考える」練習をするだけで残業時間は大幅に減るはずです。
「考える作業」を甘く見ている人は、自分の1日のスケジュールを立てる際にも「考える時間」を計算に入れず、1日中ずっと手足を動かしている前提で計画を立ててしまいます。
ダンゴムシじゃないんですから、「何も考えずに手足だけ動かす仕事」など存在しません。
手を止めて考えこむタイミングなんて日々いくらでも発生しますので、そんなことでは残業が発生するのは当たり前なのです。

人間のデッサンが分かれば人間以外のデッサンもさほど難しくないのと同じで、ジャンルによっては1つ覚えれば応用が利くものもあります。
なので、この世のあらゆる「考え方」をそれぞれ個別に覚えなきゃいけないってものでもありません。
たとえば「デザインを考える」作業では、ファッションデザイン・鎧のデザイン・二足歩行ロボットのデザインなどの形が似通ったものは、基礎となる予備知識が違うだけで発想法自体は同じ、というものも結構あったりします。

もちろん「自分の1日のスケジュールを考える作業」なんてのは、社会に出たらどこの会社に行っても絶対に通じるスキルです。
また意外なところでは、「絵の構図を考える」作業と「プレゼンのレジメを考える」作業は実は似ていたりと、全然違う分野でも生かせるケースもあります。


人間は「考える」という作業をする立場の人を上に見る本能があります。
とりわけ、周りから何となく下に見られがち、という人は、一度がんばってみた方がいいでしょう。

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